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都立入試に思うこと その1 国語の難化〜今年の戸山から
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    都立入試の問題は英数国を独自に作成する自校問題作成校と一律の共通問題を実施する共通問題校に分かれているが、昨今気になるのが国語の難化である。これは自校作成校で著しい。もちろん自校作成校といっても15校(都立一貫併設型は5校共通問題)あるのでレベルには結構な差があるが、とりわけトップ3校とそれに準じるレベルは下手な大学入試より難しい国語問題を課す。

     

     

    ここでは戸山を取りあげてみたい。戸山はかつての2学区トップ校で、位置づけとしては東京都東部の単独2番手校である。部活も行事も盛ん、大学合格実績も(都立としては)まずまずで人気が高い。今春の入試では男子の倍率(応募)が2.39倍と昨年から0.5ポイントも上昇した厳しい入試だった。

     

     

    以前から戸山の入試問題は難しい。これは国語に限らず、英語、数学も同様だ。戸山に続く青山、そして新宿の問題が自校作成らしい、難しいといってもレベル相応の「穏当な難しさ」である(まあ青山も癖はある)のに対し、戸山は一気にレベルが上がる印象がある。これは日比谷を意識しているのではと感じている。日比谷、西、国立のトップ3に比肩し、トップ4と呼ばれる位置を狙っているのではないだろうか。

     

     

    今春の戸山国語、大問4の評論文は鷲田清一『哲学の使い方』からのものだった(こちらから)。鷲田清一はちょっと前の大学入試出典の常連。平易な語り口で硬質なテーマ(哲学!)を語る、一流の書き手だ。もちろんこれまでにも自校作成校で取りあげられたこともある(いまちょっと見たら、古いものだとH15西『まなざしの記憶ーだれかの傍らで』があった)。

     

     

    文章をご覧頂きたいが、一見分かりやすい話のようで、最後はきっちり「価値の逆転」がなされている。かいつまんでいえば、「思考にとって必要なのは己の範疇や分かりやすさに沿って物事を見るのではなく難解なものにそのまま向き合うことであり、哲学とはそのための手立てである」ということだ。「基礎・平易から」「組み立て」「到達」といった我々がものごとに取り組む時の雛形を否定し、難解なものにそのまま向き合うことが引用を手がかりにして推奨される。大学入試現代文ではおきまりの「価値の逆転」「既成概念の否定」だが、これが高校入試で読まされる。

     

     

    また、上のリンクから全体を見れば分かるが、これは大問四、つまり全体の一部でしかない。漢字以外では小説、評論、古典絡みの説明文と3つの文章構成が都立の定型だが、これで50分しかない。おまけに大問4には200字の作文(というかテーマ的には小・小論文といっていい)も付いている。この評論でいえば、難しさに面食らっているようでは跳ね返されてしまう。「価値の逆転」という定型も選択肢の見極め方も受験勉強の過程でしっかり消化していなければ、合格ラインの得点(これはまた機会を改めて書いてみたい)は取れない。

     

     

    設問についてはちょっと文句を言いたい。ちょっと難しすぎる。問1は全体から見ないとできない問題(よい問題ではある)だし、問4は消去法を使わないと厳しい。問2か問3のどちらかをカットして記述問題にし、問4はもう少し難度を下げてもよかったのではないか。

     

     

    今年の平均点はまだ公表されていないが、ちょっと低めかもしれない。国語でやられてしまった受験生もいただろう(一方で数学は戸山にしてはとっつきやすかった)。

     

     

    難しい難しいと言っているが、昨今いわれる都立の復権は言うまでもなく自校作成問題による選抜がその主因をなしている。日比谷による最初の自校作成問題を見た時、塾関係者は「こんな問題、都立志望者にできるかよ」と半ば驚き、半ばあきれた。初めの数年は数学が0点で合格した生徒もいたという(私の教え子だと数学10点で受かった生徒がいた)。それでも貫き通した結果が、現在の隆盛と言っていい状況だ。戸山のこの問題、私は受験生を惑わせる難問としてではなく、心意気であると評価したい。

     

     

     

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