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都立入試「出題ミス」あるいは入試の不確定性
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    ※3月14日、末尾に追記しました
    都立入試がいまだ静かに波紋を呼んでいる。理科(天体)の「出題ミス」がそれだ。日経新聞が3月4日付(合格発表後)で報じたことを受けて都教委も「火消し」を試みたが、却って火に油を注ぐ結果となっているようだ。すでに多くの教育関係者・地学専門家がこの問題についての見解を述べており私が新たに付け加えることはほとんどない(進学塾キャラベルの石崎先生が詳細に取り扱われているのでぜひ読んでいただきたいと思う)が、少しだけ思うところを述べたいと思う。


    私が都立の問題を解いたのは3月2日の発表日。不合格の報告に打ちのめされながらも生徒達がことごとく「難しかった」とした理科社会だけでも解かねばと重い腰を上げた。件の理科の問題だが、私が解いているときに思ったのは「これ、補助線が引きづらいな」。地球から金星、火星、月と補助線を引きその位置関係を考えたのだが、その際の補助線が非常に引きづらい。少なくとも月への補助線を引くと他の線と重なったりして判別が難しいと思った。


    出題ミスを指摘する根拠は広い意味での地学的整合性だ。日経新聞の記事も、専門家からの声も、この問題の「地学的ありえなさ」を指摘する。


    ただ私は「試験当日、受験生がこれまでに習ったことで解ける問題だったのかどうか」を重視したい。極端な言い方をすれば、地学的には間違っていても受験生が学校・塾で習ったことで解ける問題ならばとりあえずはいいと思っている(この点、私は都教委の見解に近い。ただ、私がそう考えるのと出題側がそう考えるのとでは意味合いがまったく異なるが)。そうした観点からすると、日経新聞の指摘にあるように「2015年3月24日にはこの位置に金星はない」ということは、問題を解く受験生にはほぼ関係ない。また、もっとも詳細かつ説得力のある「出題ミス」を指摘するこのページ(この記事はものすごく勉強になった)にあるように「模式図は直径が異なる天体を分かりやすく表した便宜的なものなので、その位置関係を測る場合は天体の中心から補助線を引く」というのも、私は恥ずかしながら知らなかったし、少なくとも手持ちの参考書やテキストにはこのような判断法を解説しているものはなかった。この考え方を知っていて解いた受験生はごくわずかではないだろうか。


    もちろん専門的見地からの指摘は入試問題を錬磨し洗練させ、また問題作成者の意識を高める上で極めて極めて重要だ。今回多くの専門家や教育関係者が指摘したことがらは、今後の入試がより公平公正なものに近づく上で非常に有益だと思う。ただそれでも私は、この問題は「本番で受験生が解ける問題」だったのかにフォーカスしたい。長くなるのでここまでに留めるが、受験生が不利益を被る「出題ミス」は、教科特性や他教科の問題のあり方も含め慎重な議論が必要だとも思う。理科には「中学理科だけ」の理屈もあるというし、他教科でも学問的整合性を盾に取られたら辻褄の合わないものは多く出てくるはずだ(大学入試現代文なんて教科特性から「出題ミス」と言えないだけでひどいものはたくさんある)。


    話を元に戻そう。出題ミスが指摘されてから都教委が示した見解やはり補助線に関するものだった。確かに、ここで示された図にあるように、金星の位置を考える際の補助線は地平線(地球表面)から引くのが一般的だと思う(多くの塾関係者が参考にしているであろうこのサイトでも、金星の満ち欠けと位置に関してはの補助線は表面から引いている)。まあ専門的には間違った考え方にせよ、都教委の説明にあるように「習った知識で解ける」ように見える。


    でもこれもちょっとおかしいと思う。都教委の見解サイトにある図は、実際の問題用紙の図よりも大きい。この図と同じ補助線を問題用紙に引くとなると、月への補助線とイ、ウの位置の金星への補助線が重なって位置関係が分かりづらいと思うのは私だけだろうか。結果を知って丁寧に線を引けば都教委の見解通りに考えることも可能だが、受験生が限られた試験時間(都立の理科の時間は相当タイト)で正確な補助線を引きながら考えるのは、ちょっと難しさがあると思う。また、図2にある金星の形からすればイとなるとも言えるが、受験生は「最大離角48°の時に金星は半月状になる」と勉強しており、それはおおよそエの位置になる。とすると、図2の「スケッチ」が他の観測図とともに提示されて満ち欠けと大きさが比べられるのではなく1つだけ示されている以上、イを確定するのにはやや躊躇もあるだろう。やはり地学的整合性を抜きにしてこの問題を考えても、受験生の力を公平に測る妥当な問題とは言いづらいと思う。


    多くの専門家や教育関係者が指摘するように、私も生徒達の人生の岐路である入試には整合性や正確性を求めたい。その意味で、あとからこれだけ疑問や議論が噴出する入試問題作成に関しては、作成の仕組みやプロセスを含めてしっかりと改めてもらいたいと思う。


    ただ一方で、「入試ってこういうものだ」という思いも併せもっている。あきらめや達観とはまた異なる、入試のもつ不確定性の一部としての「ミス」や「不整合」を私は許容する。入試の完全性を求める声や動きがそれらの最小化を目指すのは健全だと思うが、絶無を企図するのであればちょっと首肯しかねる。そうした発想は、入試がその人物を完璧に測定しうるし、またしなければならないという幻想まであと少しの位置にある。


    芦田宏直氏はペーパーテストによる選抜ではたった1点の差で合不合が異なることについて「たかが1点の同質性、偶然性が日本社会を活性化させている」とされた。この「活性化」とは肌の色や出自で学びの機会や就職が制限されない、という意味である。


    たった1点の差が生み出す合不合の差は「運がよかった(悪かった)だけ」という偶然性を内包する。それゆえ、合格(不合格)は「できる(できない)」の同質性ではなく「合格したのに○○(不合格なのに□□)」という多様性を語りうる。学校歴がその人を語る上でもっとも強力かつ簡便な手段でありながら、でもなお「実力」を語る余地を残すのは、ペーパーテストが「たかが1点」で決まるからだ。


    受験問題は人が作るのだからミスは免れない、というようなレベルの話ではなく、入試という仕組みそのものが不確定性の集合なのだ。可能な限りの公平や完全を求めつつ、そうでないことを許容する認識もまた、入試に臨む我々には求められていると私は考えている。


    入試に紛れ込む「出題ミス」や「悪問・奇問」は入試という測定装置がもつ、染みのようなものだろう。ないに越したことはないし目立たなくする努力を怠るべきではないが、ゼロにすることはできない。


    しかしながら我々は、入試の不確定を乗り越えるために努力を積み重ねる。それは決して間違った行為ではないと信じている。

    追記(3月14日)
    文中で「金星の位置を考える際の補助線は地平線(地球表面)から引くのが一般的」としたのは市販の参考書や塾用教材にそうあったからだが、この補助線は「金星の満ち欠けと位置」を考える際に提示されるもので、当該問題のような「金星と他の天体との相対的位置」を知るための補助線ではない(だから出題ミスとされる)ことを付記したい。また地学専門の教員の方からは教科書には地平線(円の接線)からの補助線を引いているものはないとのご指摘をいただいた。

    このエントリーの出発点は「多くの公立中学生は天体の中心から補助線を引くという考え方は習っていない(知らない)のではないか」「金星の位置を把握するための補助線は地表面から引いているのではないか」という疑問だった。ただそれは私の認識違いで、多くの公立中学生が正当な地学的考え方である「大きさの異なる天体の位置関係を知るためには、補助線は円の中心から引く」をしっかり学んでいるとすれば(自塾生のノートを確認した限りではそういう指導はないようだったが)なんともお恥ずかしい限りだが、1つの問題意識として読んでいただければと思う。



     
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