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「授業の受け方格差」
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    予備校で授業をしていてよく感じるのだが、「授業の受け方」には相当の「格差」がある。当然のことながら学力上位層の授業の受け方はこちらの要求するものにほぼ沿っているのに対し、「普通の生徒(高校入試偏差値で50未満〜60未満くらいの高校に通う生徒)」のそれは甚だ不十分で心許ないものだ。こうした授業に対する姿勢はやる気の有無で片付けられがちだが、これもまたインセンティブディバイド(意欲格差・刈谷剛彦)の1つであり、学力と家庭の文化資本の相関と同じく生徒たちのあずかり知らぬところで生まれた格差の発現であるという視点をもっておきたい。


    こちらの要求する授業の受け方というのは、「指示した準備(予習)がしっかりできている」「視線が上がって講師と黒板を凝視」「手がしっかり動きとりわけ口述をしっかりノートにとっている」「授業時間内で覚えるべきは覚え、腑に落とすべきは落としている(納得できないものはすぐ質問に来る」などと言って差し支えないだろう。積極的でやる気のある取り組みというのはこうした能動性をもっている。


    一方で不十分な取り組みとはその反対だ。「指示した予習ができていない」「指示しないと手が動かない・指示しても動かない」「顔が上がらない・上がっても視線が定まらない」「髪の毛をいじくる(爆」などだろうか。授業への向き合い方が惰性でしかも受動的だと言える。


    先に述べたように、こうした授業の受け方の違いは「やる気の有無」で説明されやすい。彼らは大学受験生だ。社会に出るのではなくあえて高等教育を受けることを選択した者なのだがら、授業には相応の態度で臨んで然るべき。そうとらえられるのが通常だと思う。私もそう思わないではないが、小中学生から継続して指導をしている者としてはそう単純にやる気無しのレッテルを貼ることもできない。大学受験生がヘッポコな授業態度なのは、おそらく小中学時代のどこかにそうなるべき要因があると思うのだ。


    当然要因は複合的だが、私は「授業の受け方移行」に注目している。小〜中〜高の授業というのは学習内容そのものは連続性を持ちながら(急激なレベルアップもあるにはある)、そこで求められる「生徒像」がそれと分からないままに大きく変化していると思う。その変化、転換に上手く適応できなかった生徒が、「ダメな授業の受け方」に陥るのではないか。


    小学校の学校公開(授業参観)に足を運んでみると、活発な授業が多いことに気づく。挙手、発言、討論、発表(プレゼンテーション)などなど、生徒たちは静よりも動の姿勢で授業に臨んでいる。「意欲」が評価される指導要領のもと、子供たちはより活発に、「能動的」に、授業に参画することが求められている。


    中学になると学習内容は格段にレベルアップする。そこでは「中1ショック」と言われるギャップが生じ、小学校の時は特に家庭学習をしなくとも良好な成績を取っていた生徒達が、同じノリを引きずってあっという間に「普通の成績」に下降していく。


    難しくなった学習内容は生徒たちに内的な自己対話と内省的な取り組みを求める。小学校でのような(もちろん小学校でも内的な取り組みが要求されることもあるが)活動的な授業モードからの転換が必要だ。これは受動的なもの編転換ではなく、あくまで能動のあり方が内的なものになると言ってもいいだろう。発言や挙手よりも自己対話が、発表よりも思考と反復が求められる。しかし、こうしたことは直接それとは教えてもらうことがない。その変化に気づき、自身で取り組みを変化させていかなければならない(この変化も多くは無意識的だ)。


    中学の授業。一部の生徒はいまだ小学校モードを引きずり、ひっきりなしに発言し授業をかき回す。当然成績は芳しくない(塾でやっているからといって授業を乱す不届き者も時にいる)。また一部の生徒は必要な授業モードの移行をやりとげ(小学校時代から身に付けている者もいる)、求められる学習を必要十分にこなしている。しかし多くの「普通」の生徒はその移行が不完全で、内的な能動性を手に入れることがないまま小学校での活発な授業参加だけを脱ぎ捨てる。そこに残るのはどこかしらけた授業に対する向き方だったり、何となく授業に臨む惰性だったりする。「口述を筆記する」とか「授業内で覚える」などの「作法」を教えられないまま学年を重ねていくことになる。


    授業の受け方に変化をもたせなければならないことは、誰も教えてくれない。あっても「中学生としての自覚」のような抽象的根性論をぶつけられるのが精一杯だ。これはもちろん塾でも同じ。具体的な作法として授業の受け方をレクチャーする塾は恐らく少ない。


    やはり私の問題意識は小中学生に授業作法を教え、身体化することにある。直近の目標である高校受験はもちろん、その先も見据えなければならない。数年後私の生徒達が大学受験に臨むとき、予備校に行くこともあろう。そこで「正しい」授業の受け方ができるようにしつけておかなければならないとも思う。



     
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